岡山家庭裁判所新見支部 昭和42年(家)66号 審判 1967年6月22日
申立人 野口泰治(仮名)
相手方 野口啓子(仮名)
主文
本件申立は、これを却下する。
理由
申立人は「相手方は申立人と同居し、夫婦として申立人を扶助せよ。」との旨の審判(調停より移行)を求めた。
そこで当庁昭和四二年(家イ)第四号夫婦の同居等調停事件および当庁昭和四二年(家イ)第一〇号親権者変更調停事件の各記録、大阪家庭裁判所調査官補南樹作成の調査報告書、松江家庭裁判所浜田支部の回答書、新見市社会福祉事務所長二摩昌一作成の回答書、山形則子、野口和夫、牛山ハル、多田やすえ並びに申立人および相手方の各審問の結果を総合すると次の如き事実が認められる。
(一) 申立人は本籍地において父野口礼三郎、母キミ間の二男として出生し、尋常高等小学校、青年学校を卒業して家業の農業を手伝つていたが、昭和一九年一月現役兵として岡山中部第四八部隊に入隊し、終戦となり復員後の昭和二一年三月より東京に出て○○大学に学び、その後○○興産、○○鉱業、○○金属、○○製作所等の各会社に転々として勤めていたこと。
(二) この間申立人は枝川孝子と婚姻し(昭和二六年九月一日婚姻届出、昭和三四年五月一六日協議離婚届出)、次に本田知恵子と婚姻し(昭和三四年五月一七日婚姻届出、昭和四一年五月二六日協議離婚届出)、同女との間に長女栄子(昭和三四年七月六日生)、二女照子(昭和三六年五月二七日生)が出生したが、同女とは申立人が後記のとおり相手方と同棲生活をするようになつたことなどが原因で、昭和四一年五月二六日長女栄子の親権者を本田知恵子に、二女照子の親権者を申立人と定めて協議離婚をしていること。
(三) 申立人は昭和三四年頃島根県○○市で、相手方の親戚にあたる高松富蔵が経営していた映画館の冷房工事をしていたことが機縁となつて同人経営のホテル「○○」の会計係をしていた相手方と識り合い、その後相手方に対し先妻とは死別したと偽つて執ように求婚した結果遂に昭和三九年七月頃から、相手方と婚姻することを前提に同棲生活を始めると共に、島根県邑智郡○○町で、相手方名義で料理店「○○○」を開店した。ところが申立人は酒癖、女癖が悪く、また相手方に対し暴力を加え、そのため相手方は傷を受けたこともあつたほか、申立人が先妻知恵子と離婚していない事実を相手方が知つたことから、相手方は申立人に対し、昭和四〇年一〇月一九日松江家庭裁判所浜田支部へ内縁解消等の調停申立をしたが、右調停は一応成立しなかつたこと。
(四) 相手方は前記のような申立人の言動に堪えかねて、昭和四一年四月頃申立人との同棲生活を見限り大阪市に居住する妹山本安子方に身を寄せたので、前記の料理店は経営の中心人物を失い自然休業するに至つたが、やがて申立人も、狭心症、頭部外傷後遺症その他の病気治療のため、本籍地に近い○○市に移り○○中央病院に入院した。ところが申立人は前記のとおり先妻知恵子と離婚した後、相手方の承諾を得たとの理由で、昭和四一年六月二八日本籍地町役場へ相手方との婚姻届出をした上、同年八月頃相手方を迎えに大阪市に行き、相手方に対し○○市へ来て同居することを懇願したため、相手方はその頃申立人の居住している同市へ来たところ、バーのホステスをしている山形則子が申立人の身の辺りの世話をしていて、人目には申立人と山形則子との間に情交関係があることを疑うに足る行動があつたため、相手方は申立人と同居することを思い止まり、一時同市内等で働いたが、遂に意を決し、昭和四二年一月一五日再び大阪市の妹山本安子方に身を寄せ同女の夫山本喜一らの扶養を受けて生活をしており、申立人の全人格に不信を抱き、申立人とは絶対に離婚するか或は婚姻無効の申立をして夫婦関係を解消する意思をもつて別居していること。
(五) 申立人には狭心症、頭部外傷後遺症その他の病気があるため、働くことができない。(但し日によつては普通自動車の運転ができる)そのため二女照子と共に生活保護法による生活、住宅、医療の各扶助を受け生計を維持しているが、事実上二女照子の監護は、申立人の本籍地で農業を経営している両親および実弟野口和夫らに委せていること。
以上認められる事実のもとに、本件申立はその理由があるかどうかについて考えるに、凡そ夫婦が同居し、互に協力扶助をしなければならないことは、法律上の規定を俟つまでもないところで、その本質は、相互の人格の尊重、愛情、理解によつて結ばれている正常な夫婦関係における信義則に由来するものというべきであつて、かくして正常な夫婦関係を維持し円満な夫婦生活の継続が期待されるのである。従つて夫婦間において相互に同居と協力扶助を求め得るためには、客観的に観察して正常な夫婦関係を維持し円満な夫婦生活が継続することを期待し得る場合に限られるべきであつて、このような期待をすることができない程夫婦関係が破綻しているときは、夫婦のいずれも一方からの同居と協力扶助の請求を拒絶することができるものと解すべきである。本件についてこれを観るに、申立人(夫)と相手方(妻)間の婚姻の届出について、相手方が承諾していたかどうかの点は暫く措き、相手方は申立人の全人格に不信を抱いて申立人と同居する意思はなく、反つて申立人に対し、婚姻の無効を主張し或は離婚の申立をして夫婦関係を解消することを考えて別居していることのほか、申立人と相手方間にこのような状況が生じたことについての一半の責任が申立人にあることも認められるから、現在直ちに同居し協力扶助することを命じても、正常な夫婦関係を維持し円満な夫婦関係の継続は到底これを期待することができない程夫婦関係が破綻しているものといわなければならない。従つて現在の状況における申立人の本件請求に対し、相手方はこれを拒絶することができる。そうすると本件申立は理由がないことになるのでこれを却下することとする。
(家事審判官 本田猛)